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2016年2月24日 (水)

Vol.17 トレーナー留学:大久保 研介さん

Wbc_6_2豊橋南高→アリゾナ州立大

高校時代にメジャーリーガーのコンディショニングトレーニングに興味を抱き卒業後に渡米。スポーツ名門校・アリゾナ州立大学に入学し最先端のトレーニング理論を学ぶ。卒業後は日本の学校で鍼灸の資格を取得したのち、台湾プロ野球チームのトレーナーに就任しプロトレーナーとしてのキャリアを開始。チームでの活躍が評価され、日本人としては初となるWBC台湾代表チームのトレーナーに任命された。2015年からは中日ドラゴンズなどで活躍したチェン・ウェイン投手(現MLBマーリンズ)の専属トレーナーとして活躍中。

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アメリカではトレーナー、日本では鍼、それぞれの勉強と資格取得。そして、台湾プロ野球チームに就いたのち、メジャーリーガーの専属トレーナーとなった大久保研介さん。「これだ」と決めたら前進あるのみ。1つの台湾プロ野球チームを変えたと言っても過言ではない、貴重なお話しをお聞きしました。
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原点は身体への思い

アメリカという場所に気持ちが向いたのは、小学生の頃でした。当時、自分がアメリカで勉強や仕事をすることになるとは思ってもいませんでしたが、テレビで放送され始めたメジャーリーグの試合を観て、そのダイナミックさに心惹かれたことを覚えています。その後、中学、高校と野球を続け「うまくなるにはどうすればよいか」と、常に考えていたものの、チームにはトレーナーがおらず、相談はできません。部活が終ったあと、スポーツジムに通っていましたが、ここでも専門的に教えてくれるところまではいかず、自分で本を買って勉強をしていました。日本ではひたすら走ることがトレーニングのようになっていますが、ほかにもトレーニングの方法はあるのでないかと考え、専門的にトレーナーの勉強がしたいと思うようになったのです。情報収集をすると、スポーツについて学ぶには、アメリカが最適だということがわかりました。仮に、ロシアがこの分野に関して進んでいたのであれば、迷わずロシアへ行っていたと思います。

寮と図書館を往復する日々

Photo高校卒業後に渡米。アスレチックトレーナーの資格が取れる大学を選んだのですが、なんと、入学した年に認定校ではなくなってしまうという、予期せぬ出来事が。入学後半年で転学を余儀なくされてしまったのです。次は、規模が大きくスポーツ生理学が有名なアリゾナ州立大学へ入学しました。アリゾナ州立大学は、野球だけではなく、アメリカンフットボール、アイスホッケー、バスケットボールなど、主な大学スポーツが強いということも選んだ理由のひとつです。奨学金をもらい、希望どおり入学できたものの、やはりアメリカで名の通った大学。最初の試験で初めてのBを取ってしまいました。「うかうかしていられないぞ」と覚悟を決め、そこからは家と図書館を往復する日々。授業は、先生がパソコンを使ってどんどん進めていくため、予習をしっかりし、授業前には全部覚えるつもりでのぞんでいました。しかし、それでやっと6~7割わかる程度。その頃の生活は、始業前に2時間図書館で勉強し、次の授業の合間にも図書館、さらに放課後も図書館。とにかく、授業と寝る時間以外は図書館にいるような毎日でした。教科書の内容が頭に入っており、見なくても何ページに何が載っているかがわかっていたほどです。こうして、厳しい評価の中、なんとかギリギリで生き残ることができました。

進むべき道が開けた時

3アリゾナの夏は暑く、体調管理が難しかったです。油断をすると熱中症になりかねない。私自身は、食生活の乱れから湿疹ができてしまったこともありました。こうして慣れない土地で孤軍奮闘するうちに、なんとなく将来が見えてきてもいました。そんな中、今後の進路を決める転機が訪れたのです。全米から選手を大勢集めて試合をする、メジャ-リーグのショーケースを受けることになりました。高校の部活を引退してから本格的に野球をしていなかったので、まずは身体づくりからしなくてはいけません。思うように動かせない部分があるのを痛感していたところ、日本から来たスタッフメンバーの中に、鍼の資格を持っている方がおり、施術をしてもらいました。そうするとびっくりするほどよく効き、一発で治ったのです。この技術はすごい!目からうろこでした。鍼とコンディショニングを融合させれば、ケガのない身体がつくれるのではないか。卒業後は、日本に戻って鍼の勉強をしよう。はっきりと進むべき道が決まりました。帰国後は、アルバイトをしながら学費を稼ぎ、3年間かけて鍼の資格を取得しました。よく「アメリカの大学を卒業したのに、日本でさらに3年もかけて新たな勉強をするなんて大変だったでしょう」と言われるのですが、自分の力を試せると思うと勉強はおもしろく、大変だとは思いませんでした。技術があれば、きっと世界で勝負ができる。アメリカで成功したければ、アメリカ人と同じスキルを持っていてもダメ。プラスαが必要。このような思いが私を奮い立たせてくれました。

台湾プロ野球チームのトレーナーに就任

530932_118478824979202_412899926_n鍼の資格を取得後、最初につかせていただいたのは、プロゴルファーの方でした。常々プロの選手のトレーナーになりたいと思っていたので、目標の一つを達成することができました。自分が学んできたことをそのまま適用するのではなく、選手と話し合い、状態や希望に合わせて進めていきました。こうしてプロゴルファーのトレーナーとして1年が過ぎたころ、大きな転機が訪れました。台湾プロ野球チームから声が掛かり、トレーナーとして就くことになったのです。実際、チームに入ってみると、トレーニングの方法が日本と似ていました。例えば、ひたすら走る、キャンプが長いなどです。そして、私が就いた当初、ケガ人が多いことに驚きました。痛かったら痛み止めを飲めばいい、身体がかたくなるからストレッチはしない、というような少々偏った考えをしている選手もいました。これではせっかく身体を鍛えたり練習をしたりしても、ベストな状態でパフォーマンスができていない。まずは、全員が同じメニューをすることをやめよう。選手一人ひとりに合わせたメニューを考えるようにしました。具体的な治療法を伝えることで、選手たちの考え方も柔軟になっていきました。選手一人ひとりとのコミュニケーションを大切にし、医者、トレーナー、選手の連携がきちんと取れるようシステムを整えました。その結果、やりやすくなったと監督や選手からも評価され、WBCの台湾チームのトレーナーとして呼んでもらえることになりました。最初は自分のチームの選手を診ていたのですが、要請があり、ほかのチームの選手も診るようになりました。2009年のWBCアジア予選、東京ドームで行われた台湾と日本の伝説の試合時、私は台湾側にいたのです。これも不思議な縁ですね。

台湾出身メジャーリーガーの専属トレーナーとして

2015年より、台湾出身で、元中日ドランゴンズ、現在メジャーリーグのマーリンズでプレーをしているチェン投手専属のトレーナーをしています。チェン投手がトレーナーを探していることを聞き、テストを受けて採用されました。個人のトレーナーなので、チームに帯同できるときばかりではありません。ホテルに行ったり自宅に行ったり臨機応変に対応をしています。2015年のシーズン、チェン投手は11勝をあげ、防御率もよく、チームに貢献しました。トレーナーとして役に立てているのなら、本当に嬉しい限りです。

日米台湾の野球やトレーニング法を経験して

579299_172332392927178_806447764_n日米台湾の野球を見て、アメリカはコーチがあまり干渉をしないということに大きな違いがあると感じました。日本は選手主体というより、監督やコーチがいろいろなことを決めているように思います。また、日本や台湾は走ることが多いですが、アメリカはウォーミングアップにかける時間や内容が違います。選手たちは、自分で身体のことをきちんと考えているのです。アメリカはトレーニングそのものが変わってきています。以前はウエイトトレーニング中心でしたが、今はシステム化が進んでいます。というのは、いつなぜこれをするのか、理由がはっきりとしているのです。さらに、そこに栄養に関することも加わります。そして何よりアメリカのよい点は、プロとアマの壁がないこと。私がインターンをしていたジムでは、小学生からトレーニングをしていましたが、同じジムをプロの選手も利用していたので、間近に憧れの選手を見ることができていました。このような環境の中、子どもたちは夢を持って、トレーニングやプレーをすることができるのです。

海外を目指す人に伝えたいこと

Img_1769_3これから海外を目指す選手に伝えたいのは、年齢はただの数字だということです。もうこんな歳だからとか、まだ若すぎるから、ということは考えないでほしい。イギリスの政治家で首相も務めたスタンリー・ボールドウィンという人のこんな言葉があります。「志を立てるのに遅すぎることはない」。自分が行こうと思ったときが行くべきときなのです。自分の中でできない理由を作ってしまうことほど、もったいないことはありません。何事も最初の一歩がなければ二歩目はない。アクションを起こすのみです。自分が歩く道は自分でつくるつもりで、飛び込んでいってください。たとえ言葉が通じなくても、熱意があれば思いは通じるものです。身体に関することは、常に変化していきます。私自身も日々、勉強していかなくてはいけないと思っています。自分自身のアップデートとも言えますね。今度は、アメリカのスポーツ医学に特化した鍼の資格取得を目指します。アメリカのチームは、まだ鍼の施術をしているところは少ないので、もっと広めていきたいと考えています。私が初めて鍼をしてもらったときに受けた衝撃を、できるだけ多くの選手に味わってもらいたいですね。

【取材・文】金木有香
【運営】ベースボールコミュニケーション(BBC)

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