« Vol.11 トレーナー留学:山口 元紀さん | トップページ | Vol.13 マネジメント留学:長又 淳史さん »

2014年12月10日 (水)

Vol.12 トレーナー留学:武井 敦彦さん

Takeitop_2東京農大一高 → ネバダ大学ラスベガス校 → MLBアリゾナ・ダイヤモンドバックス → 横浜DeNAベイスターズ → Passion Sports Training代表

高校卒業後、ネバダ大学ラスベガス校へ留学。就学中にMLBテキサス・レンジャーズでインターンを務め、卒業後はMLBアリゾナ・ダイヤモンドバックスのマイナー球団にてアスレティックトレーナーを務め、最優秀トレーナー賞に選出される。帰国後は横浜DeNAベイスターズに入団し若手選手の育成に大きく貢献。2013年にPassion Sports Trainingを設立し、子供からプロアスリートまで幅広くパフォーマンス向上のサポートしている。


_____________________________________________

何気なく観ていたスポーツ中継がきっかけとなり、日米プロ野球チームでアスレチックトレーナーになる夢を叶えた武井敦彦さん。前向きに突っ走ってきた留学時代の喜びと誇りを見出しながら従事したトレーナーとしてのお話をお聞きしました。
_____________________________________________

留学を決意した日

Takei3進路で迷っていた高3時、テレビでNFLの試合中継を観ていました。途中、選手が怪我をしたのですが、全速力でその選手に駆け寄りケアをしている人がいたのです。その姿は凛々しくてかっこよく、一気に私の心を奪い「これだ!」とピンと来ました。すぐさま調べてみると、アスレチックトレーナーという職業で、資格を取るには本場であるアメリカへの留学が必須なのだとわかりました。それまで進路を決めるにあたって「留学」という選択肢は持っていませんでしたが、この日を境に決意。「スポーツ好きにはたまらない仕事だ」「大観衆の中で仕事ができるなんてやりがいがある」と、もはやアスレチックトレーナーになることしか考えてはいませんでした。NFLの中継が運命を変えたのです。

英語での生活とトレーナー研修ができる喜び

Takei1留学後は、もちろんすべての授業が英語です。不得意な理系科目、アメリカ史の授業は特に苦労をしました。そこで思いついたのが、きちんと勉強をしていそうなアメリカ人と友達になること(笑)。彼らと仲良くなって、わからないことを教えてもらうようにしました。大学には世界中から学生が集まっており、ルームシェアをしたり、ナイトクラブに飲みに行ったり、旅行をしたり、時には夜な夜な語り合ったり……。いつの間にか英語で会話をして生活している自分。アメリカできちんと生活ができているという実感がわいた時、心から幸せを感じることができました。

また、大好きなスポーツに囲まれて実習ができることにも喜びを感じました。授業は好きではありませんでしたが(笑)、毎日、午後の実習に行くのが楽しみで仕方ありませんでした。下積みの仕事も苦にならないほど、現場にいられる喜びと嬉しさが大きかったことを覚えています。

試行錯誤の毎日にやってきた転機

Takei4_2「プロか日本代表レベルでアスレチックトレーナーとして従事する」という目標を持って試行錯誤している中、ある転機がやってきました。それは、JBATS主催のMLBインターンプログラムへの応募から始まりました。履歴書や推薦書、小論文を提出し、選考を通過。テキサスレンジャースでの2週間のインターンを経験しました。終了後もせっかくできた縁をここで途切れさせるのはもったいないと思い、「インターン後も来てもよいか」と尋ねると「ウエルカム!」と快く歓迎してくれました。学校が休みになり時間ができるたびに顔を出してお手伝いをしていたのですが、ある日、トレーナーの方から「君を紹介したい」というお話をいただいのです。それはアリゾナ・ダイヤモンドバックス傘下のマイナーチームでアスレチックトレーナーとして正式に契約ができるというもの。もちろん、迷いはありませんでした。ついに掲げてきた目標を達成できた瞬間であり、新たなスタート地点に立った瞬間でもありました。

努力は実を結ぶ

Takei5ダイヤモンドバックスでは、チームで唯一のアジア人であったため、選手からいじられる恰好の的でした。それでもプロチームのトレーナーとして現場にいられることが、エネルギーの源となり頑張ることができました。そんな時、リーグ8チームのトレーナーが投票し合って選ぶ「ベストトレーナー賞」をいただくことになったのです。技術というよりも、相手チームとのコミュニケーションを大切するなど一生懸命さが買われたのではないかと思います。受賞後は、選手や周りの人たちからの見る目が変わり、よい信頼関係を築けるようになりました。社会人になるとアメリカ社会の厳しさも感じましたが、ダイヤモンドバックスでの2年間は、トレーナーとしての視点を学ぶことができた貴重な時間でした。

日米プロチームでトレーナーに従事

Takei2帰国後、レンジャース時代に知り合いになった方が横浜ベイスターズ(現:横浜DeNAベイスターズ)の国際担当をしており、「外国人選手のケアもできるコンディショニングトレーナーを探している」というお話を頂きました。「チーム躍進のお手伝いができるのであれば是非」と、正式契約へとなりました。仕事をしていく上で、アメリカにはアメリカの、日本には日本のやり方があることを改めて感じました。例えば、アメリカではトレーナーの権限がより強く、監督であっても発言や治療方針に背くことはありません。一方、日本ではやはり上下関係があり、相談しつつ進めるというやり方が主流でした。日米両国のチームで仕事ができたことは、留学前からすれば夢のような話ですし、自分にとって大切なキャリアとなりました。

可能性は無限大

NFLの試合中継を観て留学を決めた時から夢への第一歩が始まったわけですが、トレーナー留学が「自分の可能性は無限」であることを教えてくれました。今の自分があるのは、留学時代にお世話になった方々、友人、そしてやる気のある人を積極的に受け入れてくれるアメリカという土壌のおかげです。これから留学を目指す方には、是非「自分が何をしたいのか」心の声を聞いてみてほしいと思います。行動を起こさないで指を加えて待っているだけでは、もったいないです。留学が決まれば、英語はもちろん、理数系の勉強に力をいれておくことをお勧めします。あと、スポーツ医学に関する本を読んでおくと、留学後にスムーズに移行しやすいでしょう。

私自身は、今後、よりいっそうトレーナーとして貢献できることを考えていきたいですね。将来的にはパーソナルジムを開いて、勝負の中にも家庭的なつながりのある場所をつくり、活躍できる場を提供していきたいと思っています。


【取材・文】金木有香
【取材協力】Passion Sports Training・ゴールドジム原宿東京
【運営】ベースボールコミュニケーション(BBC)

« Vol.11 トレーナー留学:山口 元紀さん | トップページ | Vol.13 マネジメント留学:長又 淳史さん »

トレーナー留学」カテゴリの記事

コメント

I will immediately clutch your rss feed as I can not to find your email subscription link or enewsletter service. Do you have any? Please let me know in order that I may just subscribe. Thanks. ddedaadeekcf

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Vol.12 トレーナー留学:武井 敦彦さん:

« Vol.11 トレーナー留学:山口 元紀さん | トップページ | Vol.13 マネジメント留学:長又 淳史さん »